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オーバーレイで抜歯を回避した症例

 歯根破折と破折ファイルがあり、抜歯適応歯であったが保存治療を進めました。しかし、2年後に強い痛みと歯の揺れを主訴に抜歯の希望がありました。強い炎症を抑えるため、ダイレクトクラウンの咬合面を削合したところ、迅速な症状の消失を認めたため、オーバーレイにて咬合面を再構築して抜歯を回避した症例です。

 


 左下奥歯が腫れて痛いことを主訴に来院されました。頬側歯肉の腫脹と排膿を認め、近心頬側根相当部のポケットが6mmを超える状態でした。クラウンおよび支台築造物を除去したところ、広範囲に軟化象牙質を認め、さらに近心根に垂直性の歯根破折を確認しました。前医院での治療のため、レントゲン写真がありません。

 


破折ファイルを確認したため、撤去しました。


 分かりにくいのですが、近心根に破折線を認めます。本来ならこの時点で治療を中断し、抜歯となります。ただし、本人から保存の意志があったため、接着治療による保存治療を適応することとしました。

 おそらく、この方は「抜歯してインプラントを入れましょう」を言えば、二つ返事で了承してくれるます。インプラントにした方が圧倒的に儲かるし簡単なのに…治療は経済的な合理性で語ることができません。私は歯の医者です。可能性があるなら最後までしっかり治療します。

 


   根管治療・ファイバーポストによる支台築造を施しました。この時点で自覚症状は消失しており、ひとまず安心しました。ダイレクトクラウンにて補綴しました。

 


 その後、腫れや痛みがなく順調に経過していたのですが、2年経過時点で強い疼痛と腫れを主訴に来院されました。自発痛を認め、咬むことができないと訴えられました。動揺は3度ありグラグラの状態。頬側歯肉は腫脹してポケットからの排膿を認めました。本人も私も、この時は諦めて抜歯を考えました。

 強い炎症を認める時は麻酔が奏功しにくいだけでなく、感染を拡散させたことによる術後症状が心配になります。そこで、ダイレクトクラウンの咬合面を削合し、咬合圧から解放させました。ミノサイクリン軟膏を塗布し、抗菌薬と鎮痛剤の投薬指示を出しました。

 


 3週間が経過して患者さんが来院されました。「先生。すごく調子がいい気がします。」と笑顔でお話ししてくれました。すると、あれほど強かった炎症がウソのように消失していました。動揺0-1度、PPD2-3mm、打診痛なし。患者さんに聞いてみると「実は3カ月以上前から噛んだ時に痛みがあって、手持ちの抗生物質と痛み止めで我慢していました。次は抜歯だと覚悟していたので、なかなか通院できなかった。」とお話ししてくれました。

 

 おそらく原因は咬合性外傷だと考えられます。もともと舌側転移していた状態を、ダイレクトクラウンにて頬側に歯冠をずらして補綴しました。院内での咬合調整には限界があるため、日常生活での咬合干渉が生じていた可能性があります。咬合面を大きくしたことも、外傷の一因になったかもしれません。咬合干渉を何カ月も投薬で我慢させた結果、急性症状となって発現してしまったのでは、と推測しました。

 

 もともと歯根破折歯を無理やり残したため、今回の症状の原因が歯根破折からの感染だと思い込んでいたのです。ヒューリスティックに陥るところでした。思い込みとは恐ろしい…。ダイレクトクラウンの咬合面だけを削合したため、軸面を残すオーバーレイにて咬合面を再構成して経過観察をすることにしました。

 

 ダイレクトクラウンは術後の大幅な修理が可能です。今回のケースのように咬合面を全部削合しても、再構成可能です。これが一般的な間接法によるクラウンだったら修理不可能です。

 

クラウンを撤去して、症状が消失したとしても、再補綴しますか?

再補綴する際の大きな金額は誰が負担しますか?

仮に再補綴したとしても、どれだけもつのか不明です。

だったら確実な抜歯に逃げてしまうのでは…?

 

ダイレクトクラウンの柔軟性によって、今まででは抜歯に流れてしまう状態であっても、保存治療にトライすることができます。術後の口腔内の状態の変化、補綴物の形態付与のミスにも、最小限の介入で対応できます。

変化しない、硬く強い、確実な物質は、変化する人体には根本的に不適合なのでは。確実で硬い物は初期のトラブルが少ない反面、一度トラブルが発生すると破壊を伴います。

補綴物は歴史的にどんどん硬く強くなっています。

バンド冠 → 鋳造冠(18k) → 鋳造冠(パラジウム合金) → 陶材・二ケイ酸リチウム → ジルコニア

 

 硬く強くなった分のエネルギーは歯根が負担することとなり、歯根破折の一因となっていると考えています。より頑なになるのではなく、柔軟さが大切になるのではないでしょうか。材質でも、考え方でも。

 

・注意事項

症例写真は患者様の了解を得たうえで掲載しております。

無断複写・転載は一切認めておりません。