保存不可能な歯を支台にした大臼歯へのダイレクトブリッジ

 標準的な診断では抜歯して義歯やインプラントの適応となる大臼歯を残しただけでなく、

ダイレクトブリッジの支台歯として5年間、問題なく機能した症例です。


 左下の入れ歯で噛めないことを主訴に来院されました。左下の部分床義歯はレストが設定されておらず、沈下して歯槽骨を圧迫している状態でした。加えて対合歯は提出し、26に至っては頬側根面が完全に露出している状態です。

 

 通常の診断では26は間違いなく抜歯です。一般的なブリッジや義歯の支台歯にした場合、26のトラブルで再補綴に陥る危険性があります。トラブルを避けるためにも抜歯が第一選択です。

 しかし26は口蓋根の骨植が良く動揺しておりません。他覚的にも自覚的にも症状がありません。限界を超えて保存する私としては「抜歯するのはもったいない」と考えるわけです。

 27に関しては残存歯質が極端に少なく保存不可能でした。


 27抜歯後に抜歯窩の治癒を待ってからダイレクトブリッジを装着しました。不安の残る歯を残すだけでなく、ダイレクトブリッジの支台として活用しました。教科書的に考えるなら間違いなく不正解です。

 どうしてダイレクトブリッジを装着できるのかというと、可逆的補綴治療であるためです。処置後の調整や修理が容易であり、撤去して他の補綴装置に変更できます。26は今後トラブルが発生しても決しておかしくない状態です。ですが自覚症状が無く、他覚的所見でも十分機能していると判断できます。

 

 「ダメになるだろう」で痛くもなんともない歯を抜歯するくらいなら、ダメもとでも残して使えるだけ使ってしまう。

 学術的には間違っています。ですが、患者さんの心情的には腑に落ちるのではないでしょうか。

実際に抜歯しなければいけない場合でも「だましだまし」持たせていることは、臨床経験が長い先生ほど理解できると思います。臨床には国家試験のように明確な回答がありません。正解と不正解が同居しており、その境界線で悩み続けるのが臨床です。


 約1年後の経過観察です。一部チッピングして着色しておりますが、全く問題なく経過しております。

 26の咬合面を削合して咬合平面をフラットにすることも考えましたが、生活歯であり削除量が多くなるため、現状の咬合で進めました。仮に問題が出た場合、そこで削ればいいのです。ダイレクトブリッジの強みです。

 患者さんは左側で咬めるようになって、とても喜んでいらっしゃいました。


 5年後の経過観察です。着色が気になりますが、問題なく機能しております。

患者さんはダイレクトブリッジのことを忘れていました。気にならないほど馴染んでいるようです。

5年以上もの間、律義に通院いただけたことに誠に感謝しております。

患者さんの協力があったからこそ、今回の部位含め良好に経過しています。

 大臼歯へのダイレクトブリッジはチッピングや接着界面の剥離などのマイナートラブルが発生しやすく、適応には細心の注意が必要です。

 

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とにかく何とか最後まで「デス」しないで、「だましだまし」生き延びる道を探っていけるようになるわけです。それは適応力を磨くことに他ならない。

医療の世界だって、本来はそうであるべきなんです。医者だって「だましだまし」やるということが大事なのに、今はしない。過剰に完璧主義になって、適応という対応策を忘れています。がんの手術が典型ですよ。あれ、全部取ってしまうんだから。で、たいてい患者は取られ過ぎて死ぬんです。

 

隈研吾、養老孟司 「日本人はどう住まうべきか?」

 

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 ダイレクトブリッジは米国式の完璧主義的な医療とは真逆の「だましだまし」の治療方法だと思います。

ダメかもしれないけど、とりあえず噛めるようにしてみる。

問題が出たら適応することで対応する。

やりすぎない。

完璧な一本の道ではなく、いくつものバイパスの中をスルスル抜けていくような感覚です。

 

人間は変化します。

年齢、生活環境、病気など、まったく変化しない、機械のような人間はいません。

そういった変化に「だましだまし」対応して、なんとかやっていくことは、肯定的に考えていいのではないでしょうか。

・注意事項

症例写真は患者様の了解を得たうえで掲載しております。

無断複写・転載は一切認めておりません。